西遊記2...                             2  

(2)5月4日 四国路へ

 勝った負けたではないけれど、淡路洲本の宿には20:50に到着。誰も当たらなかったが、連れ合いと私との差は5分で私の勝利だった。
 天気予報を見ると、四国地方も中国地方もおおむね晴れと出ており、さて、と考えると徳島は目と鼻の先。方位探知機の針はグググッと四国方面に振れた。まだ、四国地方の道路事情を知らず、多少ナメていたところもあって大きな期待を抱いてしまった。作戦会議はここも行きたいあそこも行って見たいと大いに盛り上がり、国道、主要地報道、県道に離合(擦違うことをこう言うらしい)出来ないところがあるなんて―― むしろそれがごく普通のことだなんて、神ならぬ身の知る由も無かった。
 4日は6:00起き。まず、神山町の雨乞いの滝を目指すことにした。鳴門海峡を渡るときは渦潮を期待していたが、干満の潮の時間が合わなかったのだろうか、潮目が大きくザワついている程度だった。
 R11で鳴門市から徳島市へ抜け、R438で神山町に出る積りであったが、徳島市で早速道に迷ってしまった。主たる原因は、正しいルートを取っていたにも拘わらず、私がその狭い路地を国道であるとどうしても認められなかったことによる。R438を走りながらR438は何処ぞ、と右往左往してしまったのである。ある地点で標識を発見して、やはりこの細道(私のことではない)が国道であったと分かって安心したが、徳島市内がこれだから、前途に何やら嫌な予感がするではないか。
 建設省(今は国土交通省か)の馬鹿共は新しい国道を通すと、誇らしげに西洋梨をさかしまにしたような国道標識を随所につける(規定はあるのだろうが)。しかし、本当に必要なのはこうした国道か田んぼ道か分からんような国道にこそ、狭いけど国道だよ、間違えないでねっ、と頻繁に標識を設置することである。
 神山町に入った途端、道は新しく広くなってホッとした。離合できないような道を運転し続けて神経が疲れたが、ほっとして、前途が明るくなったような気がした。これが糠喜びであったことは、たちまち思い知らされることとなるが・・・

 [雨乞いの滝]と矢印のついた標識の指し示す道に入って驚いた。私の車だとそれだけで脇ボデーを擦りそうな、コンクリートを思いつきでツギハギしたような、まるでどっかの家の駐車場に入って行くような道で、いくら矢印があっても、本当にこの道を行っていいんかいな、と心配になった。人家の軒先を掠めるようにして、対向車の来ないことを祈りつつ集落を外れると、これは全国的にお決まりの滝に続く林道となってホッとした。
 林道の行き止まりが雨乞いの滝の駐車場となっていて、右側に岩を挿んで6台、無理すれば8台ほど停められる。私たちの後から着いたワゴン車から七〜八人のオバハンがドヤドヤと降りてきて、雨乞いの滝駐車場は一挙に巣鴨の刺抜き地蔵通りとなった。

滝で一緒になったら写真が撮れんゾ、と思ってそそくさと出発した。もう10:00過ぎである。
 雨乞いの滝のある深山渓谷にはうぐいすの滝不動滝観音滝などがあって、本滝は[雌滝][雄滝]が左右両側から流れ込んで一つの渓流を作っている。向かって右の雌滝の方が大きく高く勇壮であるのも面白い。位置関係は、信州乗鞍の三本滝、矢沢の滝と黒沢の滝の関係に似ている。
 駐車場への帰途、中学校一、二年生かとも思われる少年二人とすれ違った。挨拶も爽やかに通り過ぎていく。前後を見回したが家族を思わせる人影も無い。さすればこの二少年は友人で、休みを利用してわざわざ滝見に来たらしい、このゲーセン、テレビゲームの世の中に、と思ったら突然胸が熱くなった。道は狭いが四国の前途は明るい!!
 明るい気持ちで雨乞いの滝を後にし、道の良いR438を暫く西方に進み、R193に入った途端に道は超狭隘に。途中神通滝の標識があり、ちょいと行って見ることにした。神通滝に至る林道の方が国道より良い――といっても離合困難であることに変わりは無いが――のはご愛嬌。しかし、神通滝入り口まで行って見ると、<山道徒歩700m>と記してあるではないか。先に少なくとも6本の滝見を抱えた私たちは、入り口まで行きながらこの滝を割愛、一路、隘路を南下して大釜の滝へ。途中無名滝が何滝かあったが、もちろん割愛した。

 [大釜の滝]は南下してきたR193沿いの、木沢村に入ってすぐのところにある。トンネル入り口手前にわずかながら駐車スペースがあったのでそこに停め、国道脇に張り出した滝見台から見ると、大釜の滝は明るい日光に照り映える新緑の中を豪快に深い滝壷に落ち込んでいた。この淵の深さは滝の高さと同じくらいあるそうで、正に木こりが斧を落としたら神様が出てきて、「おまえの落としたのはこの金の斧か?それともこっちか?」と言いそうな雰囲気であった。道路脇を滝壷近くまで降りられるが、滝上部が見られるだけ展望台の方が写真(絵葉書的な)になるようである。
 連れ合いはもう少し居たいようであったが先を急ぐ身、次は[大轟(おおとどろ)の]へ。大轟の滝は木沢村の中心近くにあり、3kmほど行った木沢村役場の先は、北は今来た神山町、東は阿南市、小松島市にいたり、西は高知市に通じ、南は本日の主目的の轟(九十九)の滝に行くR193という、交通の要衝である。切り立った崖上からの遠望で、こちら側から滝壷に至る道はないが、滝上部は山梨県西沢渓谷にある七つ釜五段の滝の七つ釜に良く似た釜が段々に連なっている美滝である。遠望でかつ道路脇の駐車ということもあって、そそくさとそこを離れたのが12:00過ぎ。それまで抜けるように青かった空がだんだん曇り勝ちとなって、薄暗くなってきた。

 木沢村は自らを全国一の滝王国と名乗っていて、良い滝も多い。しかし、実際のところはどうなのだろう。岐阜県の小坂町、熊本県の矢部町なども、日本一を叫んでいる。埼玉県の両神村や大滝村なども( )いい兄さんあたりが顔を出しそうである。木沢村の人がこれらの地域の隅々まで探査してのこととは思われないので、いわばご愛嬌、早いもん勝ちといったところだろうか。私の訪問した範囲で滝王国といえば、青森県の十和田湖町、秋田県の鹿角市、阿仁町、山形県の朝日村、福島県の檜枝岐村、栃木県の日光市、栗山村、群馬県の六合村、神奈川県の山北町、山梨県の早川町、三富村、長野県の安曇村、南木曾町、三重県の宮川村、奈良県の十津川村、石川県の吉野谷村・・・・・

 閑話休題。そんな滝王国を通過するわけだから、滝のコレクターとしては、イワシの大群を通過するマッコウ鯨の、美女の大群を通過するカサノヴァの心境。後ろ髪を惹かれる思いはあるものの先の行程は長く、何しろ海南町の轟九十九滝に行って帰って来なければならないわけで、勇を鼓して[新居田の滝]のみに留めることにした次第。新居田の滝は四季美谷温泉方面にある20mほどの滝で細流直瀑。滝には5分ほど逗留したのみで海南町へ。
 神山町から木沢村に来るR193の狭さからすると、これから轟九十九滝にいたる同じR193もさぞかし、と思われた。ところがどうしてどうして、ずっと快適な2車線が続くではないか。「心配することは無かったね」などといってはいたが、道路地図の不気味な細さは脳裏に残っており、どうせそのうちにと言う思いは心に澱んでいた。

果たして前方に立て看板が二枚、道路を塞ぐように立っている。「チッ、ヤッパリ工事中になっちまったか!」と舌打ちしながらソロソロと近付くと、一つの看板に[5月2日道路崩落、全面通行止め]と書いてあるではないか!もう一つの看板には[通行時間制限]とあって、こちらから通過可能な時間が羅列してある。全面通行止めで、通行時間制限とはどういうことか?
 ええい、ままよ。行ける所まで行って見るべ、と発進しようとした途端、後ろからミニバンみたいな車がツーと近付いて来て、看板の前にピタリと横付けした。「あっ、この車どうするかな?地元の人らしいから、付いて行こうーっと」
 ミニバンからはジャージ姿で髪ボサボサ、寝起き姿そのままの五十がらみのオッサンと、二十歳前後の長髪にTシャツ姿のアンちゃんが降りてきた。当然看板を良く見ようとしているのだと思うわな。ところがオッサンが何かアンちゃんに言って手を振ると、アンちゃんは[通行時間制限]の看板を取り外しにかかるではないか。な、何をするんだ!とても道路管理をしているとも思えない人たちが、大胆にも人前で! あまつさえアンちゃんは取り外した看板を土手脇にさも面倒くさそうにポイと投げ捨てた。そして二人とも何事もなかったかのように車に戻るとUターンを始めた。Uターンとなるとこのために来たわけであり、道路管理の人たちということになる。
 「ちょ、ちょっと待って!失礼ですが」と事情を聞くと、海川という轟の滝はるか手前の地点の工事現場で崩落が起こって全く通行できなくなっている、というようなことを徳島の?言葉でいわれて茫然自失。「ど、どっか回り道は?」そんなもん、無い、というわけで、ミニバンはとっとと引き返して行ったのであった。♪車はゆくゆく排ガス残る、残る排ガス癪の種♪
 徳島へ入ってきた最大の理由が脆くも崩れ去り、これからどうすべーと、混乱してしばらく排ガスを啜って佇んでいたが、阿南市に戻って海岸線を下り回りこんでくるか、一旦高知に出て、室戸の方から回り込むしかないところなので、到底挽回不可能な地理的条件である。連れ合いと鳩首会談の結果、ずえ〜ったいにリベンジに来ることとし、なぜ木沢村のR193に通じる交差点に立て看板を置かんのだと罵りながら、気分を行政への怒りに転嫁し、泣く泣く諦めたのであった。
 このときはまだ、前途にもっと辛いことが待ち構えているとは露知らなかった。

 なんやかんやで時間を食い、とっくに14:00を回っている。ここはR195を真っ直ぐ西進し、今日中に何とか高知県香美町の轟の滝と[大荒の滝]をやっつけて高知市泊とするのが賢明だな――決して賢明ではなかった――と決めた。
 R195を高瀬峡など楽しみながら、大栃橋手前で県道49号を右折し、永瀬ダムの韮生川橋を渡って物部川反対の県道に入り、やはり県道とは名ばかりの狭隘な道を轟の滝へ進んだ。期待に胸を膨らませながら・・・。轟の滝は100選の滝なのでR195にも頻繁に[轟の滝へあと○km]の表示が出ていて、開発が進むのは気になるものの、道だけは迷わない。県道からの滝の入り口にも[轟の滝入り口2.5km]と・・・勇躍右折しようとした時、目の片隅に先ほど徳島で見たあの忌まわしき看板がよぎったような気がした。助手席で「あっ」という声が上がった。目を凝らして見ると、こはいかに、[轟の滝林道4/27崩落、人も車も通れません]などと書いてあるではないか。デジャビューだ!!一瞬、さる人を雨男なんぞとからかったバチが当たったか、なんという想いが心を掠めた。同じ名前の、同じ100選の滝が、同じ頃の崩落により到達不能になってしまうなんて、どういう訳の訳柄だ。時既にして16:00近く。あまり呆然としている時間もないのでとにかく大荒の滝へ。

 道標に従って行くとY字路があって、右は大荒の滝、左は大型車、と記してある。離合出来ないようなところで大型車に会うなど真っ平だ。当然大荒の滝と指示のあった方を選んだが、これが間違いの元。公道とはとても思われない、ツギハギだらけの舗装の隘路を行けども行けども林道らしき道に出ない。人家の軒先を掠め、畑のカーブを曲がり、車輪の外れそうな橋を恐る恐る渡り・・・あれっ、雨乞の滝でも同じような記述を・・・
 大荒の滝は駐車場といったものはなく、林道脇に3〜4台ほどの駐車スペースがあって、5台ならぶとはて転回はどうしようといった具合である。しかし案内板にはルートが克明に書いてあって、距離まで記してあって分かりやすいものだった。遊歩道は荒れ気味で、一旦階段の下を潜り抜けてループ状に上って行くような所もあるが、総じて危険な所(雨が降れば別だが)はなかった。滝自体はじょうだんが30mほどの直瀑で、名前に似合わない美瀑だった。往路にはつづらの滝があり、横目で見ながら行くが、帰路の岩屋の滝は<通行禁止>のチェーンが張ってあって、割愛した。帰りは道に迷ってしまったが、なんと狭いという気にならないうちに、右大荒の滝、左大型車と標示のあったY字路に、左大型車、の方から出て来てしまった。なんてこったい・・・
 時刻はとうとう17:00を過ぎてしまった。宿を探さねば車中泊となってしまう。最近車中泊は疲れが残るのだ。
 JTB時刻表には、ビジネスホテルや一般旅館の付録があり、高知や愛媛関係は全部コピーしてあったので、高知市の安い方から電話を掛け始めた。「満室です」「今日は満室です」「満室です」「すみません」「満室です」・・・三十数軒も掛けただろうか、高知市のビジネスホテルは一軒を残して全滅。脅してもすかしても哀願しても丸っきり駄目。高知全体が敵意をもって迫ってくるようである。これはLVHっていうキンキラした奴じゃなきゃ駄目かなと観念し、残る一件をプッシュした。何故残したかと言うと、値段、部屋数、構造、小コメント、日観連か否か、JTB協定か否かなど見ると、何やら怪しげな雰囲気が漂って来たからである。「そんなJTB時刻表の付録の一行で何が分かるんだ?」とお思いかもしれない。これが分かるのである。匂うのである。案の定「ダブルのお部屋なら丁度ひと部屋空いております」、と来た。私たちは夫婦だから別に構わんけれども、「ダブルっておたくビジネスホテルでしょ?」「ええ、そうですよ」という珍妙な受け答えがあって、脳裏にうらぶれた普通のセミダブルより狭いダブルベッドの置かれたくすんだ部屋が彷彿としてきた。
 一応予約したものの、「折角高知まで来てこれでは堪らん」とまだ見ぬビジネスホテルに嫌気がさして、他の高めの一般ホテルや高知市郊外や他地域のホテルもかけまくったが全部満室。一見の客だから断られたわけでなく、本当に大変な状況であったのは後ほど判明した。明5月5日は、大豊町の竜王の滝、鏡村の樽の滝、平家の滝、越智町の大樽の滝を巡って、愛媛県まで回る積りなので今夜は高知市泊でないと困る。と言うわけで、渋々くだんのホテルに行くことにしたのである。
 ホテルに辿りついて見ると、想像どおり(ある面想像以下か?)の外観で、フロントはあるものの、物置の中の一コーナーから不精髯のオッサンが顔を覗かせている、という具合で、部屋も想像出来た。実際に遥か離れた香北町で想像した通りで、「オラは何でこんなに鼻が利くんだ〜〜」と自分を呪いながら、高知の夜は更けて行ったのである。

 (1) 出発と岐阜の滝 (3) 愛媛はあるか  (4) 帰路