【青函連絡船】
羊蹄丸
昭和21年(1946年)
JASRAC No.019-0054-4
かえり船
作詞:清水みのる(C)
作曲:倉若晴生(C)
歌唱:田端義夫
MIDI制作:滝野細道

(一)
波の背の背に 揺られて揺れて
月の潮路の かえり船
霞む故国よ 小島の沖に
夢もわびしく よみがえる
 

 (三)
 熱いなみだも 故国に着けば
 うれし涙と 変わるだろう
 鴎ゆくなら 男のこころ
 せめてあの娘に つたえてよ
 
(二)
捨てた未練が 未練となって
今も昔の せつなさよ
瞼あわせりゃ 瞼ににじむ
霧の波止場の 銅鑼の音

 
 童謡・唱歌・懐メロ 八洲秀章&抒情歌 昭和戦前の流行歌・新民謡 
  *08/NOV/11



この「かえり船」は昭和21年、つまり戦後直ぐに発表されました。以前より愛唱していましたが、細道は別段の感慨もなく、単なる<故郷に帰る望郷の歌>と思っていましたが、MIDIを制作して良く良く見ると、これは「異国の丘」や「里の秋」のようにまごうかたなき、復員兵士の<復員の歌>であることがわかりました。慌てて過去の記録を探ってみますと、戦前にこの清水みのる、倉若晴生、田端義夫のトリプレットで「島の船唄」(昭和14年)、「出船の唄」、「別れ船」(昭和15年)を発表していることがわかりました。これらの歌詞を精査して見ますと、<島の舟唄>と<出船の唄>は「潮来夜船」や「旅のつばくろ」にも通ずる叙情的流行歌ですが、「別れ船」は全く同じトーンを持ちながら、これは出征兵士を送る<壮行の歌>若しくは<軍歌>でありました。
昭和15年の「別れ船」が時節柄、満州や中支への兵士の<壮行の歌>、終戦直後の「かえり船」が復員兵士の<歓迎の歌>と言うわけで、上記トリプレットは<船シリーズ>の中で締めくくったのでしょうjか。これ以後もこのトリプレットで<船シリーズ>が作り続けられて行きます。清水みのるはこれ以外に軍歌めいたものは作詞していませんし、倉若晴生も「ほんとにほんとにご苦労ね」や「梅と兵隊」など、勇壮な軍歌とは対極にあるようなものを作曲しています。特に「ほんとに・・・」は銃後の思いやりを表した歌で、兵士の間で ♪いやじゃありませんか軍隊は・・・♪という「軍隊小唄」となって行きました。清水みのるにいたっては、戦後パンパンと蔑称された女性を擁護して、『こんな女に誰がした』という「星の流れに」をリリースしたくらいです。